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2007年02月の日記
2007年2月28日(水)

 忙しいのに、抱えているいろいろなものが一つずつピシッとカタがつかないままダラダラと日にちだけが過ぎていくという悪いパターンが3日ほど続いていたため、今日は朝3時に起きて仕事を始めることにしたのである。いつ寝たかは言わんけど(笑)。で、とりあえず全身を起こすために3時半頃に朝風呂に入って、それから玄関を見ると新聞が来ていたので読んでたら4時を過ぎて、しかしそこからググッと精神を集中して、久しぶりに仕事を一つピシッとカタつけたら朝の7時になっていたのである。

 ふーむ。フー、フーム、フーム(Whoの活用)。今日は大学の編集室でインタレストの打ち合わせがある。どうせなら今から大学に行って、朝から編集室で仕事をするか。ということで7時30分、私は支度をして出発した。車で高速に乗って、こないだアマゾンで買ったイーグルスを聴きながら、インタレストの特集の見せ方を考えながら、安全運転で府中を越え、坂出を越え、飯野山の横を通って丸亀を越えてしばらくしたら、1台の低速運転車につっかえたのである。こっちもスピードを落としたのだが、メーターを見たら時速70kmを切りかけたのでさすがにこれは遅いと思って追い抜こうとしたら、私の後続から他の車が次々に追い越していくので追い越し車線に入れない。しばらくしたら、やっと後続が切れた。で、ウインカーを出して追い越し車線に入ってスピードを上げたとたん、私は目が点になったのである。

「あ、善通寺インター通り越した」

 もう何やってんだか。全然標識見てなかったやんか。でも、ま、すぐ先の鳥坂で下りて下の道を引き返しても大してロスはない。と思ってしばらく走っていた時、ふっとあるアイデアが浮かんだ。

「上戸、行くか」

 ここから30kmぐらい先の豊浜に、あの心も体も太い大将と美しい奥さん(上戸紹介時の必須表現)のいる上戸うどんがあるのである。長い間行ってない。振り返ってみると私が上戸うどんに行くのは、今となっては何でこんなメンバーで行ったのか理由も思い出せない2004年12月6日(月)の13:00、ごんとM宅さんと3人で行って以来である。2年2カ月以上も経っている。だって遠いもん。うちのマンションから60km以上あるもん。しかし今日は、神のお告げとしか言いようのない善通寺インター見逃し(笑)。これは「上戸に行け」と言っているようなものではないか。私は決心した。

 決心の前にちょっと確認。上戸は今日は開いてるのか? えーと、H谷川君に確認しようと思ったが私は運転中だ。というか、いつまでもH谷川君に確認しよるようでは、元団長…ちゃうがな! 団長としての名が廃る。よし、思い出すぞ。えーと、確か一昨年「こんとん食堂」をやった時、上戸君は「日曜日は動けるけど…」とか言いよったような気がする。ということは、たぶん日曜が定休日だ。営業時間は…えーと、あそこはトラックの運転手が早よから来る言いよったけん、たぶん8時には開いとるような気がする。よーし、かなりの確率で今から行ってもオッケーじゃ。

 決心したら心は急に晴れてくる。気を取り直した私は、鳥坂を越え、高瀬を越え、ゴキゲンに豊中を越えたあたりで、ふと次の疑問がよぎった。豊浜にインターチェンジあったっけ…。次は大野原インターやけど、大野原を下りたら上戸まで下の道をかなり行かないかん。豊浜は大きいサービスエリアがある。SAがあるぐらいやからインターもあったんちゃうか? いや、なかったような気もするぞ。こないだ内子まで行ったばっかりやのに全然覚えてないが。

 大野原インターまで2kmの標識を通過した。どうする? 確率2分の1に賭けるか。よし、豊浜インターがある方に100円! 大野原インターの出口が見えた。デカイ標識に「大野原 豊浜」の文字。え?! 豊浜?! いーや違う。「豊浜にも行けますよ」という表示だ。豊浜に行けるのは知っとるわい。けどここ下りたら時間がかかるんじゃ。通過じゃー! 豊浜インターで下りるんじゃー!

 豊浜インターはありませんでした。アホです。私は豊浜を通過して愛媛県に入って、川之江のインターで下りて下の道をタラタラと引き返しました。海沿いの道を帰ってきて、カーブして県境をまたいですぐ、おおー! やっと上戸に着いた! 2年ぶりじゃー! あれ? シャッターが下りとる。何か貼り紙がしてある…

「火曜日から営業します」

 私は朝からヘトヘトだ。大野原インターからまた高速に乗って、善通寺で下りたらもう9時を回っていた。清水屋はまだ開いてないのは知っている。白川は…月曜が定休日なのはもうすっかり覚えたが営業時間は…まだのような気がする。もう「気がする」には賭けん! 私は「絶対開いている」宮川に行って、大とちくわ天を食べて大学に行った。

 よっけ仕事しました。夕方、松本君から電話がありました。

松本「今、仕事で丸亀にいるんですが、田尾さん大学にいます?」
田尾「何や。三段ボックス買いに行くんか?」
松本「いやいやいや、勘弁してくださいよ。こないだのデータ、大学のプリンターで出せるかどうか確認に行こうかと思って」

 松本君が来てちょっと作業して帰途につく。インタレスト以外に抱えている雑多な仕事、絶対今週中にカタつける。……なるべくカタつける。
2007年2月24日(土)

 インタレストの秘密作業を行うため、午前10時過ぎに松本君ちに行ったら、部屋の一角を何やら大小の段ボール箱が占領していた。

田尾「何や、これ」
松本「これ、プラモデルをあっちこっちから送ってきて…」

とか言っていたら玄関に宅配便が来て、下りていった松本君が上がってきて

松本「また段ボールが来た。もうどうしよう…」
田尾「松本君、今、スイッチ押したぞ」
松本「え? あ、いや、勘弁してください」

 ヘビーな読者には説明不要だが、私は片づけの鬼だ。編集長時代には、締め切りの真っ最中に本箱のところへ原稿の資料を取りに行っただけなのに、本がちょっと乱雑に入っているのを見て並べ直しているうちにスイッチが入って、デカイ本箱数本分の中身を2時間ぐらいかけて全部並べ替え始めて、しまいには「部屋の模様替えするぞー!」とか言い出すことで編集スタッフから恐れられていた私である。一方、松本君は片づけダメダメ男だ(笑)。

田尾「よし、片づけよう!」
松本「いや、今日は…とりあえず作業を優先しましょう…」
田尾「あのな、今回のインタレストの作業は長期戦や。そういう時は目先ばっかりを見た短期戦略ではダメや。ここで部屋を見違えるように片づけたら、一見時間を無駄にしたように見えるけど、そのあと、あまりの快適な環境に仕事がはかどるはかどる」
松本「いや、けど、とにかく物が多いし」
田尾「とりあえず、問題はどこや」
松本「いや、とりあえずと言えばこの辺のサンドペーパー類とかがごっちゃになってて…。あとはポスターカラーとか…」
田尾「わかった、まず大きな方向は、この部屋の中のあちこちに混在しとるいろんなものを、種類別に場所を決めて分けて収納する。このビジョンで作戦を考えよう。まず、大物から決めていくぞ。本類とプラモデルの箱類、この2つをそれぞれ一カ所に集結させる。となると、まず棚かボックスがいるのー」
松本「前にスチールの棚を買うて来たんですけど、組み立てるのがめんどくさくなってそのままにしてるんですよ……というか、いかんいかん! 片づけモードに引きずられよる!」

 我に返った松本君(笑)。今度は模型のスプレー作業に話になった。

松本「よくスプレーを吹くんですけどね、篠原さんとこにスプレーを吹く用のこんなボックスと換気ダクトみたいなのがあって、あれがいいんですよ」
田尾「ほなそれ付けたらええやん」
松本「でもスペースが…」

 私はしばらく部屋を見回して、

田尾「換気ダクトがいるいうことは、もし置くとしたらそっちの窓側やん」
松本「そうですねえ…」
田尾「ということはやな、そのパソコンからこっちを全部こっちにずらして、向こうにスプレースペースを作る」
松本「でもずらすこっち側にはプリンターが…」
田尾「プリンターはそっちに持っていったらええがな」
松本「こっちは、こんなポスターカラーとかいろんなのが一杯積み上げてあるし…」
田尾「こんなのはな、棚とボックスを入れて整理したら全部シュッと収まるがな」
松本「ほんまですかぁ?」
田尾「ええか? 例えばあの押し入れの奥の壁面全部棚にして、そこに部屋中にある本を全部収納する。で、そっちの押し入れは全部プラモデルの箱を入れる。あと、こっちの壁とそっちの壁全面に棚を2つ置いたら、この部屋にある細かいもんは全部そこに収まるぞ。ほなプリンターはどこでも置けるがな」
松本「そうですねえ。そしたらサンドペーパーもポスターカラーも…いかんいかん! 片づけモードや!」

 我に返る松本君(笑)。私が「本を一カ所に集める」と何回も言うもんだから、今度は松本君がちょっと出鼻をくじきに出た。

松本「でも本は僕、めったに見んのですよ。たまに何かヒントがいる時に見るか見ないかぐらいで。そやからあっちの奥の方とかこっちの奥の方とかにあるままでも、別にいいんですけど」
田尾「それはな、根本的に考え違いをしとる。本はな、インテリアや」
松本「え?」
田尾「本箱にピシッと並べて置いておく。本の種類や背の高さで合わせてズラッと並べる。カッコええがな。来た人がそれを見ただけで、おー、勉強しよるなー、っちゅよなもんや」
松本「でも、薄いやわらかい雑誌が多いから、ピシッと立たないですよ」
田尾「ブックエンドを使わんかい」
松本「そうですねー。なるほど、インテリアかー…って、いかんいかん! その気になったらいかん!」

 くそー、もうちょっとやったのに(笑)。結局「片づけの鬼」と「片づけダメダメ男」のせめぎ合いは11時まで40分以上続いて、我々はとりあえず今日の本題のパソコン作業に取りかかった。で、昼を過ぎて14時頃になって、昼飯を食いに行こうということになって、かすが町市場に行ったのである。町市場、もう14時だというのに行列だ! 電話をしたらごんが出てきた。3人でうどんを食いながら私はごんに今日の朝からの攻防を話した。ごんも私と同じ、「片づけの鬼」チームだ(笑)。この3人が話をしたら、勝敗は火を見るより明らかである。

 ここの会話部分はあまりにも長くなるのでカットするが、何が起こったかというと、かすが町市場を出たあと、私と松本君は屋島のホームセンター・ジョイに行って収納棚をチェックして、どうも良いのがないので続いて円座のジョイまで行って棚やいろんなケースをチェックして帰るというところまで、松本君を引きずり込んだのである。3月中に、今春最大の私がワクワクするレジャーが決行される可能性が濃厚になった。レジャー名、「松本君の部屋の大片づけ(笑)」。参加予定者、「片づけの鬼」チームから私、ごん、松本君の奥さん。「片づけダメダメ」チームから、松本君。以上。ちなみにダメダメチームには他に篠原、D々という巨匠がいるが、来ても戦力にならないことは明白である。

 ジョイから帰って夜9時半頃、ついにパソコン作業が完了しました。もう、こっちもワクワク度大爆発です。
2007年2月23日(金)

 朝、久しぶりに松本君と「峰山塾」(笑)。途中、松本君から情報を頂いた。

松本「田尾さんこないだ日記で“マイナス500度の冷気が下りてきて死んでもかまん”いうて書いてたでしょ?」
田尾「おー」
松本「あれにね、ミクシィで“マイナス500度はない”いうてツッコミが入ってましたよ。田尾さん、絶対温度を知らんのちゃうかって」
田尾「あっはっは。“ない話”やがな。あそこ、マイナス5000度とか書こう思とったとこやがな」

 ま、何でもええです。おもろいようにいじっとって下さい。「田尾さん、マイナス5000度もある思ってるで」とか(笑)。で、山頂で一服していたら学生の福田から電話があって、何やら渡したいものがあるというので「危険物は受け取らんぞ」言うたら「田尾先生のきっと喜ぶものです」とか言うので、とりあえずテレビが終わったあとに持ってきてくれ、ということにして、山を下りてシャワー浴びて仕事して、夕方テレビに行った。休憩時間にヘアメイクのあっちゃんとスタイリストの片山さんのお笑い(失礼)名コンビが何やらワインの話をしてたのだが、高尚な話でなくて「ワインがやめられん」っちゅう話。どうやったらやめられるかというアドバイスをワイン嫌いの私に振ってくるので、しょうがないな。

田尾「あのな、まず、うまいブドウを毎日毎日食べるんや」
片山「うんうん」
田尾「で、もうめちゃめちゃブドウがうまい! っちゅう口になった頃、ワインを飲む。そしたら“あのうまいブドウに何てことするんだ!”という気持ちになってやめられるんちゃう?」
片山「なるほどー! でももし、ブドウもおいしい、ワインもおいしい、となったら?」
田尾「それはまだ“真のブドウの口”になってないということやから、真のブドウの口になるまで半年でも1年でも、ワインを飲まずにブドウばっかり食べ続ける」
片山「ふーん」
あっ「あの、それってその時点ですでにワインをやめられてません?」

 気が付かれたか(笑)。で、夜7時にテレビが終わって家に帰ったら、7時半頃、福田がやってきた。マンションの下で会ったら、北海道に行ったおみやげだと言って、紙袋に入った箱をくれた。

福田「これ、めちゃめちゃうまいですよ!」

 箱を見ると、おー! 「じゃがポックル」やないか! 忘れているかもしれないが私は覚えている、去年北海道に行った時にあの酒焼け声のガイドの「ありがちおばさん」が力説してた「じゃがポックル」。おばさんのガイドを再掲すると、

ガイド「北海道には今、若い子に超人気のお菓子があります。ジャガボックル。一口食べると、最後まで止まりません。コンビニで売っていますが、すぐに売り切れます。コンビニにあったならば、ぜひ挑戦してみてください。コンビニに売り切れていたならば、ホテルの売店にも、ありがちです」

 ところが私の泊まったホテルの売店にはありがちでなかったので、結局買えずに帰ってきた。その「じゃがポックル」が今、何という奇跡か私の手に! あの時は「ジャガボックル」と聞こえたのだが、箱を見ると「ポックル」だ。

田尾「これこれ! 前行った時にガイドがめちゃめちゃ推しとったやつや」
福田「売店にあったんですけど、お一人様3箱までとか書いてるんですよ。すごい人気みたいですよ」
田尾「いやー、すまんのー。ありがとー」

 さっそく持って上がって開けたら、ふーむ、モスバーガーのフライドポテトの形状をしているぞ。食べたら、食感はカリッとしながらサクッとしててポクッとしている。「60カリ・25サク・15ポク」だ。味は、おー! うまいうまい! と思っていたら、横からつまんだ娘と家内が「ジャガリコやな」と醒めたコメント。違うな。私にはジャガリコの上に福田と「ありがちおばさん」の気合いが入って、ことのほかうまい。次はじゃがポックルに最適の飲み物を発見せないかん。本日はどうでもいい小ネタ集でおしまい。
2007年2月22日(木)

 13時30分からインタレストの学生編集会議。学生は春休み中なので全員集合が難しいため、今日は編集長の小野と副編集長の今田と濱谷、スタッフの中西と八阪の5人が集合して、進行状況のチェックと修正を行った。その中で、こんな話が出てきた。

 特集の一つで、100人くらいの写真を撮ってくるという作業がある。それを管理担当しているチーフが、とりあえず10人ぐらいのスタッフにそれぞれ10人くらいずつ写真を撮ってくるように割り振って指示を出しているのだが、中に何回催促しても撮ってこないスタッフがいるとのことで、不満を言っているのである。ま、要するに他のみんなは撮ってきてるのに何人かは全然動かないと。

 インタレストの学生編集部は、会社みたいに雇用や給料で強制できる組織じゃないので、言うても動かないやつをどうしたらいいのかという難しい問題にぶち当たって、とりあえず不満を言っているのである。で、私の出番。

田尾「(チーフの)目的は何や」
今田「写真を100枚集めることです」

 この答がすぐさま返ってくるのが、今田の成長の証だ(笑)。

田尾「はい正解。ということは、チーフの役割は、目的を達成するのに最も有効な戦略をとることやね。行くよ。目的は写真を100枚撮ってくること。そこでまず10人に10枚ずつ撮ってくるように指示をしたら、撮ってこないやつが出てきた。チーフはどうする? 目的を達成するためには、方法が2つある。1、撮ってこないやつにさらに強制して撮ってこさせる。2、撮ってこないやつはほっといて、撮ってこられるやつに追加で割り当てる。さて、どっちが有効?」
中西「撮れる人に振る」
田尾「そやなあ。それが目的を達成するために今とれるたぶん最も有効な手段。誰か撮れるやつに追加で割り当てるか、いなければ自分で追加を撮りに行く」
小野「でもそれじゃ、やった人とやらなかった人が不公平になりません?」
田尾「ならない。目的を達成することとスタッフの評価をすることをごっちゃにしたらいかん。まず納期までに100枚撮ることを達成する。達成したあと、最終的に誰が何枚撮ってきたかをちゃんと控えて、それを評価に反映すれば公平になる」

 今回の例に限らず、授業中でもしょっちゅう思い知らされるのだが、「組織には目的があり、その目的や目標を達成するために最も有効な手段をとる」「それは、組織内では個人の信念に優先する」という、ビジネスの世界では当たり前の考え方を、たぶん中学校や高校で誰も教えてないのである。というか、逆の考え方を教えているのではないかと思う。だから学生は、というか近年の若い子は、例えば「あいつは他の人より動かない。腹が立つ」とかいう無用のストレスを抱え込むのである。まず組織の目的を達成するために何が有効か、ということを優先する。そのあとで、働きに応じて個人の評価をする。こんなシンプルな原理原則を考え方の中心に置いておけば、たぶん無駄なストレスが何ぼか解消されると思うのである。

 16時30分、編集会議解散。まだたどたどしいけど、みんなちょっとずついろんなことが上手になって行っております。
2007年2月21日(水)

 そういうわけで、右のアゴというかアゴの蝶番のところが、ものを噛むたびに痛いという状態がもう2週間になって、さすがに自然治癒の気配がないので病院に行こうと決心したのだが、いったいどこへ行ったらいいのかわからない。「アゴ科」とか聞いたことがないがー、とか言っていたら家内が「歯医者行ったらええんちゃうん」と言うので、今朝、松崎先生の所に行ったのである。

松崎「アゴが痛いって?」
田尾「あの、何かスルメ食い過ぎた翌朝みたいな状態が2週間…」

 それを聞いて松崎先生、口の中を見るのかと思いきや、「そこに立ってみて」と行って私を立たせ、姿勢を見たり首やこめかみあたりを触診したあと、「これ、噛んでみて」と言って細いゴム管みたいなものを私に噛ませた。

松崎「何回か噛んでみて」

 「何じゃそりゃ」と思いながら、言われるままにゴム管をカミカミする私。カミカミカミカミカミカミカミカミ…あれ? カミカミカミカミカミカミ…あれ? あれ?

田尾「松崎先生、何か、治ってきました」

 何事ぞそれは! 2週間もどうにもならんかったやつが、ゴム管カミカミで治るんか! すごいのー、医者は。私はもう、松崎先生が「痩せる」言うたら納豆でもバカバカ食いそうな勢いである(笑)。

 さて、午前10時に歯医者から帰って昼まで仕事をしてて、ちょっと原稿に詰まったので気分転換に何か…と思っていたら、ふと以前から取材したいと思っていた案件を思い出した。家に家内と帰省中の娘がいたので、取材に連行することにする。

田尾「内子に行くぞ」
家内「へ? 今から?」

 思い立ったらすぐ行動だ。私は家内と娘を乗せて車を出して、高速に乗って愛媛県の内子に行ってきました。12時30分に自宅を出発して、14時30分に内子の古い町並みに到着。1時間半ぐらい写真を撮ったりしながら散策して、16時過ぎに内子を出て18時過ぎに坂出インターで下りておか泉で鍋焼きうどんを食べて、19時半頃帰宅しました。

 観光マネジメントの取材は、私はいつもなるべく誰かと一緒に行くことにしている。ああいうものは一人で行っちゃいかんとさえ思っている。理由は、同じ観光地に行っても人によって感じ方が全然違うからだ。ごんや牛乳屋さんや、学生や家内や娘や、いろんな人とよく行くのは、行った先で自分の目で観察すると同時に、一緒に行った歳も性別もライフスタイルも違うみんながどんなところの何に興味を示しているのか、何におもしろがっているのか、何にがっかりしているのか、そういうのを観察したいからである。

 何人かで行くと必ず、私が興味のないものに引っかかる誰かがいるし、私が「これはおもしろい」と思うものに全く興味を示さない誰かがいる。そういうのを観察したり意見交換しながら歩いていると、その観光地のいろんなコンテンツに対する独りよがりの感想や分析に陥らなくて済むのである。とりあえずこの日使ったお金は以下の通り。

高速代…往復9000円くらい
内子で買ったせんべいと唐辛子…1150円
石鎚ハイウェイオアシス(サービスエリア)でたこ焼きとフランクフルトとソフトクリーム…900円

 以上。どうですか? こういう内訳が観光マネジメントのすごい参考になるんですね。経済効果の一具体例です。使ったお金の80%が高速代。内子の町に落ちたお金は、私ら3人で行って客単価400円弱です。「観光による町おこし」みたいなのが全国至る所で行われていますが、町おこしとやらの具体的な目的を一度確認してみてください。「にぎわい創出」が目的でいいんですか? 「町にお金が落ちること」が目的なら、戦略は少し変わってくると思うんですが。
2007年2月20日(火)

 早朝から大学で仕事をしてて、朝9時半頃に朝食代わりに宮武に行ったら、

大将「さっきまでH谷川君がおったで」
田尾「ほんまですか」
大将「H谷川君、毎週火曜日の9時20分頃来るで」

 かけ大にエビ天とこんぶ天を取って食べていた、これまた見たことのある体型の男が入ってきた。

田尾「D々くんやないかい! どしたんやこんな時間にこんなところで」
D々「いや、宮武の寿司の日が火曜やったか水曜やったかと思って…とりあえずチェックに来てみたらありました。今日ですね」
田尾「寿司の日? 寿司はいつもあるんちゃうんか」
大将「寿司、いつもあるで」
D々「え? ほんまですか!」
田尾「ほらー」
D々「おかしいなあ。何勘違いしとったんやろ」
大将「火曜はH谷川君の来る日やで。さっきまでおったで」
D々「それと勘違いしとったんかなあ」
田尾「しかし今朝の宮武、何か奇跡的に麺通団密度が高いのー(笑)」

 とか言っていたら、県外客らしい若者数名が店に入ってきた。うどんを注文した彼らに大将が、

大将「お寿司もあるきんなー。今日は寿司の日やきんなー」
田尾「さっき毎日ある言うてたやん!」
大将「一見さんにはそやって言うてあげたら、ええ日に来た思て喜んでくれるがな(笑)」

 大将、油断ならん(笑)。今日はその後高松にとって返して昼から小つるさんの「ラジオでDON」に出演して、それからずーっと家で仕事しておしまい。アゴが痛いのが治らんので、明日医者に行ってくる。
 
2007年2月19日(月)

 昨日は松本君ちに篠原と3人が集合して、インタレスト第3号の秘密の第一特集の秘密の作業を始めて、想像以上の出来栄えに「おおー」とか言いながら、今日はそれの一環で大学のインタレスト編集部にカラープリンターが入って、今田をとっつかまえて秘密の一部をちょっとプリントアウトしてナニしてみたのである。ええ感じやぞ。3月中旬にはたぶん第一特集が完成する。インタレスト発刊前に発表するかもしれん。

 さて、夜、FM香川の録音を終えて家に帰ってテレビをつけていたら、『TVタックル』で舛添さんが「地方自治体は国に頼りすぎる!」とか言っていたので、以前からちょっと疑問に思っていたことを調べてみた。すなわち、「地方自治体は国の補助がなかったら本当にやっていけないのか」の試算(マネジメント能力は別にして、お金だけの試算)である。素人の試算であるから何か抜けてるかもしれんが、まあ考え方として、こんなことを考えてみたということで、昨日の日記の続きみたいなもんです。数字ばっかりでうっとうしいけど、たまにしか書かんので今回だけ(笑)。

 行きます。香川県の場合の試算です。テーマは「香川県は独立してもやっていけるか?」(笑)。まず、昨日の

<歳入の内訳(構成比)>
県税 30.0%(1328億円)
地方交付税 22.4%(993億円)
県債 13.4%(596億円)
諸収入 11.0%(486億円)
国庫支出金 10.3%(456億円)
繰入金 5.0%(221億円)
その他 7.9%(352億円)

 こいつをベースにしますね。このうち国から来るお金は「地方交付税993億円」と「国庫支出金(使い途を指定された補助金みたいなもの)456億円」の、合計1449億円。あと細かいものの中に何かあるのかもしれないけど、詳しいことは知らないので、まあ1500億円くらいが国からもらっているお金とします。香川県の一般会計が4433億円ですから、その3分の1くらいが国から来ている。ということは、これがなくなるととてもやっていけないと普通思いますよね。ところが、これは「香川から国に持って行かれているお金」を忘れているわけで、独立するとなるとそれをちゃんともらわないといけない。

 我々香川県民や香川の企業が払っている税金のうち、香川県に入らずに国に持っていかれているもの(国税)があります。それは、大きいものでは「所得税」と「法人税」と「消費税」、その他では酒税、たばこ税、揮発油税、地方道路税、石油ガス税、自動車重量税などいろいろ。つまり、香川が独立して自前でやっていくということは、国からのお金をもらわない代わりにこれらを国に払わずに香川で取り込むということです。では、これらの「香川から国に持って行かれているお金」はどれくらいあるのか?

 それを計算したデータがどこにも見つからないので、すごい素人計算をしてみます。まず、2004年度の国税と地方税の総額のデータがあったのでこれを見てみる。

<国税>48兆1029億円(税全体の約59%)
<地方税>33兆5388億円(同約41%)
<税総額>81兆6417億円

 この国税(各都道府県から国が集めたお金)48兆1029億円のうち、香川県が払ったのはいくらくらいあるのか。この比率がわからないので、仮にGDP比率で計算してみることにします。2002年の都道府県別GDP概算データが出てきたので見てみると、

<日本全体のGDP>498兆6000億円
<香川県のGDP>3兆6000億円

となっていた。香川県は日本全体の0.7%です。総生産が0.7%なら、納めた国税もそんなものだろうという大ざっぱな比率で計算すると、国税48兆1029億円の0.7%=3367億円。ありゃー?

 ということは、香川県は国に3300億円の国税を納めて、1500億円のお金をもらっているという計算になるぞ。ちなみに香川県のGDP(3.6兆円)は、2002年の都道府県別で39位という低さです。こんなに低い県なのに、納めた国税の半分しか返してもらってないのか?

 国家予算を見ると、地方交付税交付金などの直接地方に交付されるお金は、15兆円くらいと書かれている。国税を都道府県から48兆円集めて、15兆円を再配分しているという感じだ。やっぱり。

 ちなみに地方が独立しても防衛とか外交とか大きなインフラとかは地方では対応できないので国にやってもらわないといけないから、まあ税収の20%ぐらいは国に納めるとして、それ以外は、教育も福祉も経済政策も全部自前でやれるはずだからお金も国に納めない。で、まとめると、

(1)香川県が国税として国に納めている3300億円を香川で取り込む。
(2)そのうち20%の700億円くらいを、防衛や外交や大きなインフラなどの国がやるべき仕事の費用として国に納める。
(3)今国からもらっている地方交付税と国庫支出金の合計1500億円は、もらわない。

 これで、昨日の日記に紹介した<歳入計画>を修正してみる。

<歳入の内訳>
県税 1328億円
国税の取り込み分 2600億円(3300億円ー700億円)
諸収入 486億円
繰入金 221億円
その他 352億円

合計 4987億円

 ほら、借金(県債)せんでも予算をカバーしておつりが来るぞ(笑)。

 あまりに大ざっぱな計算で見落としがいくつもあるかもしれないが、私のこれまた大ざっぱな印象は、今の地方自治体も相当ずさんやけど、正直なところ、「国(国の役人と国会議員)が取り込みすぎとんちゃうか?」ですけど。ごん、この試算の間違いがあったら見つけてくれ。ごんでは無理か(笑)。勝谷さん、何か間違い見つけて(笑)。
2007年2月16日(金)

 昨日、香川県の来年度当初予算案が発表されて、根本的に何も変わってないなあ…と改めて思っております。四国新聞によりますと、一般会計の総額が4433億6900万円で、

<歳入の内訳(構成比)>
県税 30.0%(1328億円)
地方交付税 22.4%(993億円)
県債 13.4%(596億円)
諸収入 11.0%(486億円)
国庫支出金 10.3%(456億円)
繰入金 5.0%(221億円)
その他 7.9%(352億円)

<歳出の内訳(目的別・構成比)>
教育費 21.8%(966億円)
公債費 14.4%(640億円)
土木費 12.4%(550億円)
民生費 10.2%(454億円)
商工費 9.9%(438億円)
諸支出金 8.6%(381億円)
総務費 7.0%(313億円)
警察費 5.9%(260億円)
農林水産業費 4.7%(207億円)
その他 5.1%(226億円)

という感じで紹介されている。これが円グラフで一面に大きく紹介され、特集面では「安心で快適な暮らしづくり」「活力あふれる地域づくり」「心豊かで元気な人づくり」「未来を拓く行政経営の推進」という、もう勘弁してください(笑)というスローガン別に、「砂防激甚災害対策特別緊急事業 15億8800万円」とか「先端技術産業集積形成事業 2億6200万円」とか「老朽校舎等改築事業 34億3800万円」とか「市町村合併促進事業 11億9100万円」とかいった個々のお金を使ういろんな事業の予算額が紹介されている。

 で、これを眺めていて思ったわけです。まず、すごく素朴な疑問ですが、歳入の内訳の中にある「県債」って、歳入の項目に毎年当たり前のように入っていますが、それって借金でしょ? 借金はキャッシュフローで見れば確かにキャッシュの「IN」ですけど、企業や家計の管理会計ならそんな借金を「収入」に入れるなどというバカな考え方は絶対にしない。自治体の会計の項目ルールの話ではありません。普通にお金の管理をする時の考え方の話です。これは自治体に「収入に合わせて支出する」というすごくシンプルな常識がないから、こういう項目構成を何とも思わないのではないですか? これ、根本的に変わってないなあと思う一つ目。

 次にマスコミの方々にお願いですが、歳出をこういう項目の内訳で発表するのは、実は非常に多くの県民の知りたいことではないと思うわけです。私を含めて多くの県民の知りたい項目内訳は、一般会計4433億円の中で、例えば記事の本文中にチラッと出てくる「公務員の人件費はどれだけなのか」あるいは「議員の人件費はいくらなのか(さらにその内訳はどうなのか。今いろんなところで問題になっているよくわからないナントカ調査費はどれくらいなのか)」「生活保護費はいくらなのか」「これまた問題になっているいろんな補助金は項目別にいくらなのか」「財政を圧迫していると聞く医療費負担はいくらなのか」…みたいな県民の知りたいであろう違った切り口で構成比グラフを作って頂きたいと思います。すると、みんなが漠然と不満や疑問を持っている費目について、多ければ改めて問題にできるだろうし、意外と少なければ「みんなワーワー言ってるけどそこをいじっても財政再建には大した効果がないですよ」というメッセージも出てくる。ぜひ違う切り口で予算を分解してみてください。これ、変わってないと思う二つ目。

 いずれにしても、企業も家庭も予算組みは「入ってくるお金」から組み立てていく。それを「使う額」から組み立てていってるうちは、たぶん根本的にどうにもならないと思う。でも、たぶん今までやって来た人たちにはできないだろうなあ。できない理由をいくつでも並べてくるからね。そんなことを考えていると、破綻した方が再建はずっと早いような気がする。破綻したら、「改革できない人たち(するつもりのない人たち)」がかなりいなくなるだろうから。

 ちなみに、自治体の財政が破綻したら、直接的に困るのは「税金でメシを食ってる人たち」であるから、自己防衛策としては「税金をアテにした仕事や税金をアテにした生活の比率を下げる、できればなくする」という方向だと私は思っている。間接的にはどうしても多少は短期的な不都合を被るだろうけど、自己防衛策は絶対にあると思う。だって私ら、基本的に「お上」に養ってもらってるんじゃないんだから(公務員は除く)。
2007年2月15日(木)

 火曜日は2月だというのに昼間、車の窓を開けて走ったのである。ぬくいなあ。と思ったら水曜日は軽い嵐みたいになって、今日は軽い冬みたいに寒いなあ。

 異常気象については、私はかなりあきらめムードである。いかんな、表現が後ろ向きやな。異常気象については、私はかなり大局的見地に立っている(笑)。だって、地球は中がメチャメチャ熱いし、外の向こうの方は太陽がメチャメチャ熱いわけで、これはどちらも人間の力ごときでは太刀打ちできんぐらい大きな力だと思うので、太古の昔から大局的にこのどっちかのせいで地球規模の温度の大きなうねりが起こっているに違いないと思っているからである。

 私は「モラルの人」を心がけているので、環境を大切にしようという気持ちはそれなりにあるし、それなりに心がけてはいるが、なにせ非科学的な人生を送ってきたので、地球の温暖化や異常気象についてはこんな大ざっぱな感じしか持っていない。よって、まあ人間の二酸化炭素排出量削減は「やらないよりはやった方がましだろう」とは思うからできる範囲で努力するが、大局的には地球の内部と太陽の大きな動きの中で身を任すしかないだろうな、と思っているのである。もちろん、そういう見地であるから明日突然竜巻が起こって死んでも、あるいはマイナス500度ぐらいの冷気が下りてきて凍りついて死んでも、私は粛々とその事態を受け入れて死ぬ覚悟はあるし、逆にそれで誰か身内が死んで私が生き残ったとしても二酸化炭素排出企業を訴えるようなことをするつもりは一切ないことをここに宣言しておきます(笑)。ま、別に宣言せんでもええけど。

 連日の大画面パソコンでの懸命の作業で、本日夜8時、ついに山を越えました。えーと、飯野山(標高422m)ぐらいの山です。これを踏まえて、来週月曜日からインタレスト・イナゴ軍団とプロチームは富士山を越えなければなりません。松本君、峰山登っとる場合でないぞ。けど、これ完成したらすごいぞー。まだ秘密やけど。
2007年2月13日(火)

 インタレスト第3号の第一特集は今、秘密の作業中である。言われてみれば「あ、その手があったか」と思うだろうが、未だかつて誰もやったことのない大物の企画であるから、発表までは極秘作業である。実は残された「苦悩」がこの作業で、先週から本格的に取りかかったのだが数日前に壁にぶち当たって数日間作業が止まったままなのである。峰山に登ってもアップタウンでバカ話をしても、こいつばかりはどうにもならない。そこで、今日は目先を変えて、大学のインタレスト編集室にあるデカイ画面のパソコンにデータを全部コピーして大画面作業をしてみようと思って、朝8時半に家を出て大学に向かったのである。

 ふーむ、途中にうどん屋があるな……山越に寄って行こうっと(笑)。直ちに進路をやや南にとって山越に突撃した。通勤時間につき、高松に向かってくる車が連なる中、私は逆方向に向かってるのでスイスイと走って9時過ぎに到着。平日のこの時間なら店に一番近い狭い駐車場が空いているだろうと思って手前の第一駐車場を通過して狭い第二駐車場に行ったら、ありゃー、一杯だ。仕方なく通過して、その向こうの第三駐車場はちょっと遠いのでどこかでUターンして第一駐車場に戻ろうと思って、Uターンできるところを探してとりあえず第三駐車場あたりまで車を進めた時、ふと冒険心が沸き上がった。この道の向こうは、どこにつながっているのか。

 山越の第三駐車場の横の道はずーっと向こうの山の方に上っていて、ゴールデンウィークなんかには路上駐車の車がその先の峠あたりまで1km近く連なるのであるが、私はまだその道の果てを知らないのである。うーむ………行けー!(笑)

 そのまま私は峠に向かいました。舗装はされているものの後続も対向車もいない山道をどんどん進みました。途中、民家もありましたが、山道を何度もクネクネしながらどんどんどんどん行ったら、サンライズヒルズC.C.(旧瀬戸タックゴルフ場)の入り口に出ました。その先の先は谷川米穀店。なるほどー、ここにつながってるのかー。

 果てを確認して、当初の予定通りUターンして山越の第一駐車場に(どんなUターンじゃ! 第二駐車場を通過して往復40分もかかっとるやないか!)。10時前に山越に入って、かけ大にちくわ天を乗せて、一人で行った時はいつもはカウンター席でおばちゃんらとしゃべりながら食べるのだが、何かお客さんが次々に入ってきていたので奥に向かって、床机のあるところに座って食べていたら、そのあとから県外からの初めてらしい5〜6人の若い男女のグループがワイワイ言いながらうどんを持ってやってきた。続いて地元の常連客らしい作業服を着たお兄さんが一人、うどんを持って私のそばに座った。その時、県外客グループの女の子がそのお兄さんに「すみませーん、写真撮ってもらえますかあ?」と言ったのである。

 お兄さん、無言で立ち上がってカメラを受け取る。構えると、グループは「私真ん中!」「みんなおうどん持って」「こうがいいかな?」とか、ガヤガヤやっている。しばらくガヤガヤやったあと、ポーズが決まったらしく、お兄さんがシャッターを押して記念撮影が終わった。グループのみんなはお兄さんに「ありがとうございましたー」と言って、お兄さんはまた無言でカメラを返して、座ってうどんを食べ始めた。

 お兄さんが無言だったわけ、わかってないやろなあ。元々無口だったのかもしれんけど、一応お願いしときます。うどん屋のお客さんはたいがい親切だからお願いしたらたぶんみんな写真を撮ってくれると思うけど、さあ今からうどんを食べる、という人にはカメラを頼まないようにしてあげてくださいね。うどんが延びるし、冷える。いかに常連といえど、うどんができて食べる直前というのは期待感がピークに達している瞬間です。そこに水を掛けちゃ、かわいそうですから。

 さて、大学に行って編集室に入ってセッティングをして、ちょっと学科事務室に行ったら眞鍋と見慣れた学生が数人いた。あいさつ代わりに声を掛ける。

田尾「おー、飛んで火に入る今田がおるのー」
今田「ヤな予感がしますが…」

 インタレスト副編集長の今田と、インタレスト編集スタッフ「イナゴレディース」の八阪、中西、野添が雁首揃えておるやないかい。私は今からやろうとしている面倒で集中力と根気のいる作業の内容を説明して、編集室に集合をかけた。正直、手伝いというよりたぶんかえって手間になるだろうとは思ったのだが、実践練習というか指導の一環として、ちょっと作業に関わらせてみようかと思ったわけである。ところがですね、野添が予想外の戦力(笑)。昼飯とティータイムを挟んで夕方5時過ぎまで一緒に作業をやったのだが、何と、数日間苦しんでいた壁を突破して一気に作業が進んだ! いやいやいや、やらせてみるもんです(笑)。

 インタレストはプロチームと学生編集スタッフの合作で、私なりの判断で学生作業とプロの仕事の線引きをしている。授業であるが、「学芸会作品は作らない。プロの作品として通用するものを作る」という目的から、つい私を含めたプロの仕事の比重を大きめにしていたのだが、なるほど、そういう感じか。じゃ、明日からもうちょっと、学生担当部分のレベルを上げてみよう。
2007年2月11日(日)

 「いつの間に1週間経ったんや!」と久しぶりのフレーズを吐いて、この1週間は怒濤ではなくて苦悩の1週間であった。ま、私ごときだから大した苦悩ではないけど、大学のゼミの企画と頼まれた別の企画ものと原稿の締め切りで、これがいつになくやっかいな案件だったもんで、何か不調だったのである。以下、不調レポート。別にレポートせんでもええんやけど(笑)。

<不調レポート1>
 気分転換というより歩きながら考え事をして煮詰まった頭の中を整理するために、この1週間で早朝、夕方と4回も峰山に登った。それぞれ約2時間ぐらい。ところが今振り返ってみると、どこを歩いたんかあんまり覚えてない。覚えているのは、まだ薄暗い早朝に出発して山の上を歩いていたら、明るくなってきた向こうの方の道ばたの草と低い木が生えている中に小さく人らしきものが立っているのが見えて、一人にしては形が変だし、二人にしてはくっつきすぎだし…と思いながら近づいて行ったら、おそらく20代だと思われるカップルが、私の視野に入って私が横を通り過ぎるまで5分以上、立ったまま固く抱き合って微動だにしなかったことぐらいだ。こんな朝早くから何かようわからんけど、がんばれよ(笑)。

<不調レポート2>
 水曜日の夜のこと。企画の内容というか「見せ方」で苦悩している局面を打開するために、明日の木曜日の夜8時から北浜アリーのカフェumieで笹木と和田と篠原を集めてミーティングをすることになっていて、今日はその明日のミーティングのために考えを整理しておこうと思って、メシ食って一服していたら、夜8時過ぎに段取り係の和田から電話がかかってきた。

和田「田尾さんすんません、今umieに来たんですけど、今日、店閉まってるんですよ」
田尾「今日ってお前、明日やぞ打ち合わせは」
和田「えー! 明日でしたっけ! 僕、水曜日って言いませんでした?」
田尾「木曜日やが。俺、お前から聞いて手帳の木曜日にumieって書いとるが」
和田「えー! そうでしたっけ。僕は水曜日のつもりだったんですけど、そういや笹木さんも篠原さんも来てませんしねえ…。すいませーん、明日、また出直します」
田尾「ま、気ぃ落とすなや。ほなの」

 ま、和田も新聞の原稿頼まれたりしていろいろ大変やから混乱するわな、と思いながらコーヒーを入れて飲んでいたら、数分後にまた和田から電話がかかってきた。

和田「田尾さんすんません、今、笹木さんと篠原さんが来たんですけど」
田尾「えー! 今日やったんか!」

 混乱しとんの、俺やがな。会場を変えて夜12時前までミーティング。

<不調レポート3>
 2週間ほど前、大阪の西日本出版の内山さんから打ち合わせがしたいという依頼があって、金曜日のテレビの後なら時間が取れるという返事をしたら「OKです。どこへ行きましょうか?」というメールが来てて、その返事をほったらかしにしてたのである。で、打ち合わせの前日になった木曜日、急いで「夜7時にKSBまで来てくれますか? テレビ終わったらすぐ出て行きますから」と返事をしたら、内山さんから「わかりました。少し早めにKSBに行きます」という返事があったのである。

 金曜日、テレビを終えてKSBの表に出た。中村君と本庄さんとディレクターのまっちゃんがお見送りで一緒に出てきたので、「あ、今日は迎えが来てるはずなので」と言って目の前の駐車場を端から端まで目をこらして見たのだが、内山さんらしきものはどこにもいない。おかしいなあ。10分近く待ったが、全然気配がない。内山さんは時間に遅れるような人ではないし、万が一遅れるとしても必ず電話を入れてくる人だ。そんな人が、時間を10分以上過ぎても連絡の一つもない。こっちから電話をしてみたら、留守電だ。私は直感した。

「事件か事故に巻き込まれたんちゃうか!?」

 私は留守電に「とりあえず一旦家に帰りますので、また連絡下さい」と残して、家に帰った。帰ると家内が「あれ? 今日、内山さんと出かけるんちゃうん」と言うので、私は状況を説明した。事件か事故にしても、電話もかけてこられないということは、これは大変なことになっとる恐れがある。車で瀬戸大橋を突き破って海に落ちてるかもしれん…何者かに拉致されて身動き取れないのかもしれん…。とにかく、ありとあらゆる可能性を考えながら、ものすごく心配しながら電話を待っていたのである。夜7時半を過ぎた。そこへ、電話が鳴った。着信表示を見ると、内山さんだ! 生きとる!

田尾「田尾です」
内山「田尾さん、打ち合わせ来週ですよ」
田尾「へ?」
内山「僕、今、沖縄です」

<不調レポート3>
 かなりお疲れの様子がお伝えできてるかと思います(笑)。私は肩をカカトまで落としてその電話のあと、何かのきっかけを掴もうと2週間ぶりにアップタウンに行ったのである。牛乳屋さんがおりました。

田尾「そういうわけで、こないだから物忘れというか、カンちがいが続いてるんですよ」
牛乳「あんた、わけのわからんもんよーけ覚えとったやん。何やったっけ、水泳選手」
田尾「あ! えーと…うわ、出てこん」
牛乳「なんにゃらホーヘンなんとかみたいな」
田尾「そうやそうや、えーと…うわ! ほんまアカンわ!」

 私は数分苦闘した。苦闘の結果、

田尾「ふっふっふ、侮ったらいきませんよ。ピーター・ファンデンホーヘンバンド」
牛乳「それそれ!」
田尾「これ、言うときますけどね、私、今、完全復活ですよ、スリジャヤワルダナプラコッテ」
牛乳「何それ」
田尾「スリランカの首都。あと、朝青龍の本名、ドルゴルスレン・ダグワドルジ。おー!」

 喜びのあまり繰り返すが、完全復活である(どんな復活や)。

牛乳「で、締め切りの原稿はできたん」
田尾「まだです。テーマも決まってない」

 結局夜の11時頃までバカ話をして「物忘れの沼」からは生還したが、苦悩からはまるで脱出できず。翌土曜日の夜も苦悩中の身でアップタウンに行ったら久しぶりのくまさんとまっちゃん(KSBでない方の)がいて、11時頃までバカ話をして、

牛乳「原稿できたん」
田尾「まだ」

 という会話を残して家に帰った。とりあえず今日、というか深夜2時、頼まれた方の企画ものと原稿が終わりました。何か、左目のまぶたが時々細かく痙攣する。右のアゴの付け根(鬢の下あたり)が痛くて、ものを食べるのがちょっと不自由。苦悩と関連があるのかどうかわからんけど、そういう感じの。一息つく間もなく、インタレストの締め切りがヒタヒタと、足音も立てずに忍び寄ってくる。ヒタヒタ言うてるやん。
2007年2月5日(月)

 朝、ガバッと飛び起きたら時計が8時15分あたりを指していた。こらいかん! と思って電話の方に行ったら、かける前に電話が鳴った。

T田「おはようございますー」
田尾「あ、すんません、電話にしてください」
T田「わかりました。じゃーそのまま待っててください」

 20秒くらい待つと電話の向こうから佐野さんが呼びかけてきた。

佐野「インタレスト・ランダム。このコーナーは四国学院大学の田尾和俊教授をお迎えしてお送りします。田尾さん、おはようございます」
田尾「おはようございますー」

 えー、そういうわけで、ラジオの生放送本番40秒前に起きたという奇跡的な本日の始まり。しかしT田さん(たぶん20代の女性)、いかなる事態にも冷静やなあ(笑)。

 で、大学に行く前にちょっと時間があったのでがもうに行く。そしたら釜のところにいつもの大将でなくて、ガモムスが立っててうどんをゆでてお客さんに出っしょるやないかい! 噂には聞いとったけど、初めて見た(笑)。

 で、大学に到着して、研究室に荷物を置いて本部棟に行って郵便物を取って、いつものように教学課職員の吉田心平とあいさつ代わりの軽いボケツッコミを交わして、続いて学科事務室に行ったら眞鍋と学生数人と、奥のパソコンのところにアニキ福田がいたので声を掛ける。

田尾「誰と対戦しよんや」
福田「誰が麻雀ゲームしよんですか! レポート書っきょんですよ」

 という感じのテイストがいつもの大学での私である。ちなみに福田は卒業を間近に控えた4年であるが、実は1年、2年と深く潜行していて(笑)「こら大学を途中リタイアするんちゃうか?」とみんなが思っていたのだが、3年から突然何かに目覚めてものすごい追い込みを見せて、今、ついに卒業にこぎ着けようとしているのである。例えるなら、そやなあ、ヤマニンバリメラ(30年ぐらい前のオープン馬。知らんがな)。道中死んだように最後方を追走しながら、4コーナーあたりから突然目覚めたように走り出して、一気の追い込みで7着とか8着に入ってくるという。

福田「差し切るんじゃないんですか!」
田尾「入着が精一杯。お前の卒業も入着一杯やないかい」
福田「ま、確かにそうですけど」

 という、福田を知ってる人が読んだら10人中12人がほんまにあったと思うであろう架空会話をお送りして(笑)。ちなみに私の周りに「松本くん」が6人もいるのだが、実は「福田」も3人もいる。宮武讃岐製麺所の福田社長と、この学生のアニキ福田と、ごん。このうちごんだけが「フクダ」ではなくて「フクタ」と濁らないらしいのだが、心が濁っているので相殺だ。

 さて、午後1時半から5時過ぎまで、新編集長の小野と前編集長の源成と今田と田中と濱谷を集めてインタレストの編集会議をやって、夜帰ったら先週アマゾンで注文していたCD4枚が届いていた。恥ずかしながら、泉谷しげるの「ゴールデンベスト」と荒井由美の「スーパーベスト」とイーグルスの「ベリーベスト」と、小椋佳の「彷徨(さまよい)」です。目当ては、泉谷しげるは「野良犬」と「春のからっ風」。荒井由美は「ひこうき雲」と「海を見ていた午後」。イーグルスは「呪われた夜」と「ホテル・カリフォルニア」と「ハートエイク・トゥナイト」と「魔女のささやき」と…その他いっぱい。小椋佳は、もうこのアルバム丸ごと。

 私の青春時代の、深い心の秘密の部分です。個人的な心の部分が背景ですから、だれかれにお勧めするようなものではありません。パソコンでイヤホンつけて聞きながら、泣きました。歌詞が、とにかく「豊か」です。悲しみの量が、魂の量が「豊か」です(ただしイーグルスは、聞いてた頃は歌詞の内容を知らなかったので除く・笑)。近年はカッコイイ曲はいっぱいあるけど、私にとって魂の量が豊かな歌詞にはほとんどお目にかかったことがない。というふうにみんな、オッサンになっていくんやろなあ(笑)。
2007年2月4日(日)

 朝8時頃起きて仕事をして、午前11時過ぎから久しぶりにビークォーター飲んで峰山に登って、1時半頃下りてきてシャワー浴びて仕事しながら、今日はこれまた久しぶりにテレビを長時間見た。2時半頃からグリーンチャンネルで競馬中継をかけて、昨日の晩に買った競馬ブックで馬券を買わずに予想をしてたら、いきなり2レース続けて予想が的中して、「うわ! これはビシバシ当たるぞ!」と思ってPATで買い始めたら、最終レースまで全部はずれた。キー!

 その後、午後4時からBSで千石先生がアフリカの砂漠に行って動物や昆虫を探す番組を2時間見て、7時半からNHKでシロナガスクジラの番組を30分見て、9時からNHKでカナダの森の動物や昆虫の番組を1時間見た。結局今日は動物ものを5時間も見たがな(馬が走るのも含む)。しかも私の大好きな「大群モノ」も、オキアミの大群、イワシの大群、蝶の大群とバラエティに富んで登場。あ、馬の大群と。

 で、カナダの森でリスが出てきて、私はふと疑問が浮かんできて家内に尋ねた。

田尾「リスって、何語や?」
家内「うわ、何語やろ。英語? 違うよな?」

 調べたら、リスって「栗鼠(りっす)」が詰まったものだって。日本語やん。調べたら、英語でsquirrel(各自発音するように)。何か、この歳になって初めて聞いたような気がするぞ(笑)。

 余談ですが(ハナから全部余談やけど)、こないだ牛乳屋さんと10年ぶりに行った海遊館情報を。まず私の中の一番人気の「イワシの大群」が、かなり様相を変えていました。いや、一般の人には何の様相が変わったのかわからないくらい、水槽も中の岩の配置も変わってないのですが、イワシが変わっている。10年前に見た時は、何万尾いるのか知らないけど全部のイワシがほぼ同じ大きさだったのだが、こないだ行って見たらでかいのやらちっちゃいのやらが混在しとる。というか、断然小さいのが多くて、中に大きいのが少しいるという感じ。たぶん、老衰かなんかでイワシが減って、大量に新人を投入したに違いない。で、わずかに長寿の「ぬし」が同居していると。うーむ、大群マニアとしては、ちょっとポイントダウンだ。

 しかしこのダウンをカバーして余りあるすごいものが登場していた。それは「ピラルク」の水槽。巨大ピラルクの大群です。いや、そんなにたくさんいないのだが、しゃがんでへばりついて見ると、あれは圧巻どころではない。ものすごい迫力です。私はもう釘付けで、足がしびれるくらいしゃがんで20分ぐらいずーっと見てました。それからジンベイザメの巨大水槽を5分ぐらいで通過して、イワシのとこで30分(笑)。あと、最後の出口前でクラゲに捕まって20分。

 海遊館、3セクから大阪市が下りるみたいなニュースが出てましたが、ぜひ民間の向上心ある経営陣に刷新されることを期待しています。私は今のままでも大好きですが、私が社長なら改善したいことがいっぱいある。全館大群だらけにするんではなくて(笑)。
2007年2月3日(土)

 今日は第3回のバスケ観戦大会。昨年末に四国新聞様から「バスケの観戦記を書いてくれ」という、「何で私が?」みたいな依頼を受けて、一応お断りしたのだが聞くと実はお断りしにくいやんごとなき方からの依頼ということで受けちゃった。しかしド素人の私に頼んでくるということは当たり前の観戦記が期待されているのではない、と勝手に決めて、とても新聞テイストとは思えない原稿ですでに2回掲載されてしまって、さらに続く次号のための観戦大会というわけである。

 bjリーグの、高松ファイブアローズの応援観戦。とりあえずネタ用に私設観戦軍団を結成して、1回目の観戦は私とごんと学生の源成、木戸、佐柳の5人。2回目は私とごんと東京から帰省中の太田浩介と笹木と和田の5人。で、今回は私とごんと松本君に、途中で西日本放送の伊達典子アナウンサーに入ってもらった。

 何で伊達さんかというと、先月笑福亭小つるさんと伊達さんがやっているラジオ番組に呼ばれて出た時に、伊達さんが小学校からずっとバスケをやっていて今は高松ファイブアローズのホームゲームは全部応援に来ているというヘビーブースターであることが判明したからだ。

田尾「バスケやってたんですか!」
伊達「やってましたよ」
田尾「そんなに小さいのに?」
伊達「小さいからポイントガードで」
田尾「で、何をするん?」
伊達「まあ、小さいから下の方をウロウロして…」
田尾「なるほど、熱帯魚で言うたらコリドラスみたいな」
小つる「底モノかい!」

 みたいな会話があって、「ほな次の観戦大会に来てくださいよ。原稿のネタにしますから」ということで、本日の参加となったわけです。試合はこの試合から出場した補強選手の中川が大活躍して前半から大きくリードしてそのまま余裕のよっちゃんで逃げ切り勝ち。観戦記はたぶん2月の末頃の金曜日なので、締め切りも余裕のよっちゃんだ。

田尾「今日のポイントは、フードコーナーのカップカレーがすこぶるうまくなってたことやね」
ごん「なんかまたしょーもない観戦記になりそうやな」

 例によって小ネタはたくさん収集したが、それはまた掲載原稿で。
2007年2月2日(金)

 取材旅行より帰還しました。観光マネジメントのフィールドワーク。実は2年前に別府と湯布院に行って、今回は湯布院と黒川温泉に行って、ついでにちょっとだけ杖立温泉に立ち寄って、一応これであのあたりのだいたいの基本サンプル収集ができた。

 なかなか興味深いです。アンチ別府かポスト別府としての湯布院、その湯布院のアンチかポストかとしての黒川、その後ろで、かつては芸者さんまでたくさんいたという「変われぬ老舗」(現地の人がそういうニュアンスのことを言っていた)の杖立。そのそれぞれの今を、ちょっと違う視点のテーマを持って、インタビューと路上観察してきました。何の写真かは内緒ですが、200枚ぐらい写真を撮ってきました。春休み中に楽しい「写真の並べ替え作業」をやろうっと(笑)。

 帰りに日田駅でちょっと列車待ちの時間ができたので、観光案内所で「2時間ぐらいあるんですけど、どこ行ったらいいですかね」とたずねたら、どうも「これ!」という案内がいただけなかったので何となく時間がつぶせそうな豆田というエリアに散策に行ったら、大当たりでした。いや、素晴らしいという意味の大当たりでなくて、観光マネジメントのサンプルとして大当たり。

 かつて、1980年代から90年代にかけて、ある種の民間業者が同じようなプランを持って全国の行政に大小の開発計画やらテーマパークやら観光施設やらを持ちかけて大きなビジネスにしたのと同じような現象が、今、持ちかける人と受ける人を変えて全国のあちこちで起こっているようです。去年行った岐阜県の美濃市の一角と同じ街並みが、日田市の豆田に作られていました。湯布院にも同じコンセプトの街並みがあります。2年前に行った鳥取にもありました。去年行った北海道にもありました。要するに、近年私が行ったところのほぼ全部に、観光開発としての同じようなハードの「手段」が進行している。香川にも同じようなことをやろうとしているエリアが2カ所ある。

 たぶんこれは流れですね。80年代、90年代の時はバブルに向かう金余りを背景にそれが起こっている。近年のやつはたぶん、地域が寂れていくのを何とかせないかんという現実が背景だと思われる。で、私が見てきた数少ない事例の中でも、経済的にかなりうまく行っているところとそうではないところがあるわけで、私は香川に住んでいて香川がうまく行かないのはイヤなので、その原因を探ろうといろいろ仮説を立ててフィールドワークをしているのである。

 私のイメージする「うまく行く」というのは、ハードでもソフトでもいいのだがその作ったものに対して人が来て、何かの消費をして、地域の店や企業の売上が上がって、地域の人の働く場が確保されて、あるいは増えて、それによって地域の人が経済的に今より豊かになって、豊かになった地域の人たちがまた地域で消費して、消費した地域の人たちは消費による「楽しみ」的な豊かさも増えて…というサイクルが回り始めることである。これが「目的」。

 で、今のところ、何となくですけど、たぶんそういう「うまく行く」か行かないかの違いは、この「目的の掲げ方」にあるという感じがしているわけです。すなわち、今まで何回か書いたけど「地域の活性化」という祝詞みたいな目的を掲げて取り組んでいるところはうまく行ってない。「地域の経済的活性化」とか「地域の店や企業の売上増」とかいう具体的な目的を掲げて(意識して)やっているところがうまく行っている。当たり前ですね。手段というのは「掲げた目的を達成するのに有効なもの」から手を付けるのが基本ですから、具体的な目的を掲げないと具体的な有効な(うまく行くための)手段が出てくるはずがない。

 これは簡単に言うと、「マーケティング(物やサービスを作ってそれを売るという全ての過程)」をやっているかいないかの違いである。同じような街づくりをやることがいけないのではなくて、ちゃんとマーケティングをやらないのがいけない。というのが私の仮説の元ですけど。笑いのない話はまだ先が長いけど、おしまい。今日は大学で学生のレポートの第二次回収をして、メチャメチャ読みまくり中。
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