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2024年7月10日(水)…何ちゅうタイミングで見つかるんや。

 昨日は久しぶりに「日の出製麺所」に“親戚のおっちゃん夫婦”で出動した。厳密には親族じゃないが、「おもろい方が事実になる」という麺通団の原則に従って、もはや我が家はそういうことになっている(笑)。で、いつものようにうどんが食べられる時間の終了間際に行ったら、三好君は朝から出張、女将さんも用事で出かけていなかったので、顔なじみの店の姉さん方と軽口を交わしながらうどん大と揚げを食べ終え、お土産のうどんを5袋買って店を出た。

 そこから、せっかくこっちの方に来たので南にちょっと足を伸ばして、飯山の産直「讃さん広場」に行く。「讃さん広場」は、毎朝9時のオープンと同時にお客さんがなだれ込んで5列あるレジがあっという間に全部行列になるという、「なかむら」の女将さんが「私や店が終わって行ったら、もう何ちゃないんで」と嘆くほどの“激”人気の産直である。この日は昼の1時半頃に行ったので客は広い店内に数十人とまばらだったが、売り場の商品もすっかりまばらになっていて、とりあえず桃とナスと、1パックだけ残っていた「西山さんの餅」を購入して店を出た。

 そこから旧道を通って国分寺〜鬼無経由で高松の自宅に帰る途中、「植木、見て帰ろうか」ということになった。このあたりに来ると時々鬼無の「山地緑化センター」を覗いたりするのだが、今日はそこを通過して、今まで行ったことがなかった「ファミリーガーデン」という店に初めて入ってみた。

 表に並んでいる植物を一通り眺めた後、店内に入ってあれこれ見ていると、家内が奥のエリアに入っていって、店主らしきお兄さんと何やら話している。遅れて私もそっちに行ってみたら、家内が店主に(もう店主だということにしとく)「家で観葉植物の大きいのをこれまで何回も枯らしたんやけど、何がいかんかったんやろ」とか相談していた。それに店主が「日当たりは? 水は? 温度は?」…等々、丁寧に相談に乗ってくれている。それから店内の植物をいろいろ説明してもらって、そのうち他のお客さんが来て店主がそっちの応対に行っている間にこっちはさらに吟味に吟味を重ねて、店主が帰ってきたので、

田尾「これがええ感じなんやけど、普通車に積めるかなあ」
店主「2mぐらいあるからちょっと無理かもしれないですけど、そんなに遠くなければお届けしますよ」
家内「どうしようか。とりあえず今日はこっちの小さめのやつにしとこうか」

 などと言いながら、大きい葉っぱが20枚ぐらいフワッと付いた1mぐらいの高さの観葉植物を1つ買うことにした。で、家内がレジでやり取りしている間に、私は表の駐車場ですっかり熱くなった車のエンジンをかけてエアコンを全開にして冷やしていたら、しばらくして店主が買った植物を抱えて家内と一緒に車の所にやって来た。

店主「後部座席か助手席か、どちらに入れましょうか?」
田尾「じゃ、後ろに入れてください」
店主「わかりました、失礼します」

 と言って後部座席に観葉植物を入れようとした店主が、そこに積んであった「日の出」のうどん5袋入りの紙袋を見て言いました。

店主「さすがですね。やっぱりうどん積んでらっしゃる」
田尾「バレとんかい!(笑)」
店主「常備されてるんですか?」
田尾「するかい!」

 久しぶりに「日の出」で買うたうどんが、何ちゅうタイミングで見つかるんや(笑)。


2024年7月1日(月)…「うどんの日」を制定したのはどこ?

 先週、吉本興業文化人マネジメントのマネージャーから「朝日放送ラジオの『おはようパーソナリティ小縣裕介です』から電話出演の依頼があった」という連絡があった。内容を聞くと、「7月1日が『うどんの日』なので、それに絡めて7月2日の朝7時15分頃から15分間ぐらい、『讃岐うどん巡りブーム』の話をしてくれ」とのこと。まあそんなことならお安い御用なのでOKを出したら、放送前日の今日(1日)の朝10時半頃、リモートで簡単に打ち合わせをすることになった。

 慣れないリモートをセッティングして、ほんまに慣れないのでマネージャーに電話で指示してもらいながらセッティングして、パーソナリティの小縣さんと30分ぐらいやりとりをした後、「後で当日の進行表を送ります」ということで打ち合わせを終了。夕方頃、その進行表がメールで届いたので見てみると、その冒頭のナレーション原稿にこう書かれていた。

「今日(7月2日)は『うどんの日』。香川県生麺事業協同組合が1日の半夏生にちなんで、制定しました」

 うーむ、おそらくネットで調べた情報だと思うが、ちょっと日付が迷走してるぞ(笑)。確認してみると、「うどんの日」は7月2日で正解。で、半夏生は「夏至から数えて11日目」とあって、たいていはそれが7月2日なので「うどんの日」もそれに合わせて7月2日になっているそうだが、今年は何か暦の関係で7月1日が半夏生の日になっている…ということらしい。

 そしてもう一点、「『うどんの日』は香川県生麺事業協同組合が制定した」とあるが、実はそれがちょっと怪しいことになっている。「なっている」というか、私が数人の仲間と行っている讃岐うどんの過去を発掘する「讃岐うどん未来遺産プロジェクト」の中でその怪しい事実を発見したのであるが。

 まず、ネット内で「うどんの日」を検索すると、おそらくどこをどう探しても「香川県生麺事業協同組合が制定した」という記述しか出てこないと思う。なぜなら、行政や組合や組合員である大手うどん店のホームページにそう書いているからであって、その他、巷にあふれるブロガーの類の皆さんもその行政や組合等の情報を引用しているからである。そして、その「うどんの日」の制定年はどのサイトを見ても「1980年」と書いてある。

 しかし、我々は「讃岐うどん未来遺産プロジェクト」の中の一企画で綿密なる新聞記事発掘作業をやっている途中、見つけちゃいました(笑)。香川県生麺事業協同組合が「うどんの日」を制定したとされている1980年の2年前、1978年の7月2日の四国新聞に、香川県と香川県観光協会が「7月2日(半夏)・うどんの日」と題して、でっかく全ページ広告を出しているではありませんか。

 その広告紙面は「讃岐うどん未来遺産プロジェクト」の「新聞で見る昭和の讃岐うどん・昭和53年(1978)」の中に再掲してあるので間違いのない事実であるが、さて、この新聞広告と「1980年に香川県生麺事業協同組合が制定した」という今や定説となっている情報に、いかなる整合性があるのか? ちなみに1980年の新聞に「香川県生麺事業協同組合が『うどんの日』を制定」という記事は見当たらなかったが、そんな話を切り出したら番組がそれだけで終わっちゃうので、本番では触れないでおこう(笑)。





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